「ドローンでひらく、新たなキャリア」連載第3回では、ドローン・ジャパン株式会社 取締役会長 春原久徳氏を取材。産業界におけるドローン活用が実証実験から実用化へと進みつつあるいま、どのようにキャリアを模索すべきかを探ります。
後編では、ドローン活用の実用化において求められるスキルや、ドローンのエンジニアリング3つの領域など、理系・文系それぞれがドローンのキャリアを考えるためのヒントについて伺いました。
ドローン実用化で、求められる6つのスキル
−−前編では、産業界におけるドローン活用が実証実験から実用化へ移行するにあたり、業務運用を実現するための課題解決能力を持つ人材が求められてくる、というお話を伺いました。
ソリューションできる人材ということは、その業界での就労経験や業務知識があるほうが、適性が高いということでしょうか。
業務知識も含む、6つの観点で知識や経験があると望ましいです。
1つめは、ハードウェアの知識。これから新しく、業務ごとに各種の産業用機体を取り入れるということは、バッテリーの扱い方からモーターの仕組み、各種センサーの作動状況などを、自分でチェックする必要があります。
2つめは、ソフトウェアのアプリケーションを使用するための素養。産業機体の場合は、パラメーターも含めた機体の調整や自動航路セットなどを、現場に着いてからその時の自然環境も加味してパソコンで行うことが多い。
ドローンで収集したデジタル情報をクラウドにアップロードするなど、様々な作業ごとにアプリケーションが存在し、またメーカーごとや製品間の差もあるので、ソフトウェアの仕組みを理解し様々な業務用アプリケーションを使いこなせることは重要です。
3つめが、ドローンを飛ばすときに関わる業務知識。例えば農薬散布の場合は、農薬の知識は必須ですし、隣が無農薬栽培しているなら風の向きを踏まえた飛行経路を取るべきだなどの、判断力も必要です。どの業界においても、背景を知りつつ注意すべきことはあるので、そのためには業務知識が必要です。
4つめに、いわゆる全体の運用管理。例えば、仕事を請け負う際に、1ヶ月前、1週間前、3日前、前日、当日、業務完了後と、いつ何をすべきかを理解していて、最終的なレポーティングまで行う、いわゆるPMっぽい動きをできることです。
5つめは、リスク管理。これは全体の運用管理の一部、とも言えます。様々な無線やバッテリー、GPS、さらに乗っ取りほかサイバー攻撃も含めたところで、あらゆるリスクに対策が取られている、もしくはリスクを最小限に減らそうと考慮されていることは、現場にとっては最も重要です。
これから5Gが実用化され、IoTがさらに加速するなかで、サイバーセキュリティ対策は重要度・難易度ともに上がっています。僕が代表理事を務めるドローンセキュア協議会からも、2018年3月に「ドローンセキュリティガイド」を発表しました。
最後は、トラブル発生時の解析。B2Bの場合、これも特に重要です。トラブルの原因を解明して、再発防止のための打ち手を講ずる。ここまで全部含めて、総合的にマネジメントできる能力を持った人でなければ、本来は現場の責任者はつとまらないわけですね。
−−ハードルは高そうですが、B2Bの何らかのプロジェクトにおいて、マネジメント経験があれば、転用できるスキルであるようにも思います。
そうそう。自分のこれまでの経験を、この6つの中に割り当てていくと、業務スキルとしては似ていることが分かるはずです。ドローンの特性上、新たにインプットすべき知識と、これまでの経験。組み合わせて考えていくとよいと思います。
ソフトウェアエンジニアが、ドローンにシフトする
−−前編では、ドローンのお仕事において最もニーズが高いのは、ソフトウェアのエンジニアリングが分かる人材のニーズであると言及されました。
現在、ソフトウェアエンジニアとして働いている方であれば、ドローンのエンジニアリングを学んで何らかのビジネスをするにあたって、応用がきく経験値をすでに保有していると言えるでしょうか?
ドローンのエンジニアリングは、3つの領域から成り立っているので、できればその全体像を理解できているほうが、自分のいままでの経験と紐づけていきやすいと思います。
1つめは、機体制御。各種センサーが内蔵されたフライトコントローラーで機体を動かす、どちらかというとハードウェア寄りのソフトエンジニアリングですね。
最近は、コンパニオンコンピューター上で画像解析や群制御などを行う、ドローンのインテリジェント化が進んでいます。従来のレスポンシビリティ性の高いARM系CPUから、NVIDIAなど処理能力に長けたCPUの活用が進められて、ある特定のパターンのことならAI的な処理をドローン本体でできるようになりつつある。こうしたトレンドも抑えていくとよいですね。
2つめは、機体管理。機体の飛行位置や、飛行経路計画など、機体の動きを管理するためのソフトウェアのエンジニアリング。
3つめは、情報処理。取得した情報をある目的に向かってどう処理するか、という点では、既存のデジタルデータを扱うソフトウェアエンジニアリングと、ほぼ同じでしょう。
機体管理や情報処理を行うにしても、扱うデータはドローン特有のものになるので、機体制御を理解できているほうが、有利に働くケースはあると思います。
−−ドローンを飛ばしたことがある、なしに関わらず、ドローンビジネスに関心を寄せるソフトウェアエンジニアの方や、社員にドローンのエンジニアリングを学ばせたいという企業も、増えつつあると思います。
これまでソフトウェアエンジニアとして分野別にやってこられた経験から応用できる技術に対して、ドローンの特性をどう加味していくか。
そういう視点を持ちながら、いまどの業界・業態で、作業代替ないしはデータ活用においてどんな取り組みがなされていて、経済合理性はどうなのか、法整備はどうかなどを、自分でも調べたり考えていくことで、これまでのキャリアを生かしドローンのお仕事にシフトする方向性が見えてくるのではないでしょうか。
ものづくりの概念が変わった
−−非エンジニア、いわゆる文系の方だと、ドローンに関わるお仕事は難しいのでしょうか?
僕も文系ですよ。大学の専攻は哲学科でした。IT業界でのキャリアが長いので、理系的なものは扱いますが、コードを書くなどの手を動かすことはあまりやりません。
アーキテクチャとよばれる、ハードウェアやソフトウェアの基本的な設計概念への理解や、物事の原理を俯瞰して把握することは、文系の方も得意だったりするし、ビジネスではその役割はとても重要です。
そうしたスキルを磨くことや、課題解決能力ないしはB2Bでのプロジェクトマネジメント経験を生かして、ドローンに関わるお仕事に就くことは十分可能だと思いますよ。ただ、ドローンのお仕事となると、PID制御などドローンの仕組みを理解する必要があるので、数学は大事だなとは思いますけどね。
−−データビジネスは、日本人はあまり得意ではないというお話もありましたが、これからのデジタル時代におけるキャリアを考えるうえで、留意すべきことは?
ものづくりの概念が変わった、ということです。
完成品の品質が高く、手頃な価格。あるいは、製造における自動化プロセスなど製造技術が高い。こうした従来の日本のものづくりの強さは、大量生産前提です。最近の、多品種を少量生産するニーズに応える、また、開発スピードが求められている中で、厳しさを感じ始めている方も少なくないのではないでしょうか。
もう1つ圧倒的に変わったのが、あらゆるものがソフトウェア的になったこと。スマホやドローンも、ハードウェアにマイコンが入っていて、機能追加や品質を上げるためには、アップグレードするだけで良くなりました。
ドローン世界最大手のDJIは、そういう意味ではソフトウェアの会社です。Phantomだって、最初は急におかしな挙動をするトラブルが頻繁に発生していたけど、機体の内部ログデータを集めて改良を重ねて、何百億回もテストしたのと同じレベルまで品質を向上させて、結果として誰も追いつけなくなった。
マイクロソフトもOSの品質改良のため定期的にログデータを取得しているし、グーグルの検索エンジンも同様だけど、DJIも膨大なログデータを取得してAIを活用することで、どんどんプロダクトを磨いていったわけです。
いまや品質は、後から改良できうる。最初は50%くらいの完成度でも、早く市場に投入してデータを集め、最終的に最高品質のものを作っちゃったら勝ちなのです。日本は、その手のものづくりに、慣れていないのですね。
ものづくりにおける素晴らしいという基準が変わったのだから、それに気がついてビジネスをするべきだということは、文系・理系を問わず、留意したほうがよい気がしています。
ドローンのインテリジェンス化が進む
−− プロダクトやサービスの品質向上にAIが活用されていくと、そのロジックがブラックボックス化して行き、AIに職を奪われるのではないかという不安が余計に高まるように感じます。
いま議論されているのは、想定できうる範囲の話であって、おそらく10年後には、全くもってちがう職業だって奪われるし、いまはまだ存在しない新しい仕事も出てくるのではないでしょうか。DJIにしても10年経ってないわけでしょう。
ドローンやIoT、あらゆるロボットのインテリジェンス化が進むいま、キャリアを考えるのが難しいなと思うのは、こうしたらよいという解がないことです。
日本では人口が急激に減って超高齢化社会に突入し、国全体が人類史上経験したことのない状況に追いやられる中で、仕事も含めて生きるということを、各自捉え直すしかないわけで、みんな困っていますよね。
−− だからこそ、ドローンという新しい存在に関わるお仕事に、可能性を見出したいと感じるのかもしれません。
空を飛ぶことは人間にできない最大のことだから、ドローンに憧れるのはそうだなと思う。だけどドローンは魔法の道具じゃないからね。
フライトコントローラーがぐんと手頃になって、自律的に動くものをわりかし簡単に作れるようになったいま、DJIと同じものは作れないけれど、日本のロボティクス技術と合わせて移動するロボットなどは、チャンスがあると思っています。
まずは、僕らがやっているドローンエンジニア塾に通ってみるとか、操縦スキルを身につけるのでもよいのだけど、そのあとは業務で必須になることを少しずつでも経験、実践することですね。GS Proなどの自動航行ソフトを使ってみる、国交省への飛行申請を自分でやってみるなど。
経験なしでは仕事にはならない、これはドローンに限らずそうでしょう。お勤めの会社で許されているならば、副業で経験を積むのもよいのではないでしょうか。
春原久徳氏プロフィール
三井物産デジタル及びマイクロソフトで PC マーケットの黎明期からPCの普及に貢献。2013年よりドローンビジネスに身を投じる。2015年、セキュアドローン協議会会長に就任。同年、勝俣と共にドローン・ジャパン(株)を設立。2017年8月、一般社団法人ドローン自動飛行開発協会(DADA)の代表理事に就任。インプレス社発行「ドローンビジネス調査報告書」を毎年執筆。産業向けドローンの活用提案、複数各業界メーカーへのドローンの各種新規事業企画およびコンサルティング、数多くのドローン新規事業を手がける。
編集後記
「ドローンに関われば、それだけで劇的に何か人生がよいほうへと、変わっていくんじゃないか。」初めてドローンを飛ばし始めた頃から割と最近まで、そんな幻想を抱いていたと思います。今回、ドローン実用化に向けて求められるスキルを6つに分解して解説いただき、完全に魔法から目覚めた気分です。「トランスファラブルスキル」という言葉があります。会社や業界・業種、職種や地域を変えても転用できる、いわゆる持ち運び可能なスキルのことですが、ドローンに関わるお仕事を目指すにあたり、保有スキルのうち何を転用できるかを軸に棚卸しをすることで、何を新たに習得すべきかを選んでいくことができるのではないでしょうか。次回からも、“ドローンのお仕事図鑑”的なものを模索して、ドローンで新たなキャリアをひらいた方々のリアルな経験・スキル・価値観についてお伺いしたいと思います。(取材依頼させていただいた際には、何卒ご協力のほどお願いいたします!)