産業ドローンにおけるキャリアを考える(前編)B2Bでの業務活用に向けて

「ドローンでひらく、新たなキャリア」連載第3回では、ドローン・ジャパン株式会社 取締役会長 春原久徳氏を取材。産業界におけるドローン活用が実証実験から実用化へと進みつつあるいま、どのようにキャリアを模索すべきかを探ります。

前編では、産業活用においてドローンはあくまで手段だという観点、ドローンに期待される2つの役割と経済合理性、また春原氏ご自身の起業エピソードも交えながら、ドローンのキャリアを考える前提として知っておくべき情報をお届けします。

ドローンは、目的ではなく手段

−−ドローンの利活用は、どのように進んできたのでしょうか?

ドローンは2014年くらいまでは、個人的にドローン空撮が好きな人、いわゆるコンシューマー向けのものでした。その中には、プロとしてCMや映画など空撮のお仕事をしている方もいらっしゃいました。

2015年4月にドローンが首相官邸に落ちて、同年末に航空法が改正され、その頃から翌2016年に向けて、ドローンの利活用はB2B領域における業務活用という方面へ舵が切られたように記憶しています。

世の中的には、「空撮」というものがドローン最大の要素の一つとして注目されがちです。人間は飛べないから、鳥の目線になった映像には驚きがあるし、操縦が上手くなって仕事に生かせたらよいなという、憧れる気持ちは分かるのだけど、業務活用において空撮や操縦だけが目的になることは、ほとんどありません。

 

−−操縦できるだけでは、お仕事にするのは難しい。

ドローンの業務活用が進むにつれて、ドローンパイロットの雇用は生まれると思いますよ。でも業務においては、ドローンの操縦も空撮も、それ自体が目的ではない。あくまで手段なのです。

ですから、企業としては操縦を「特別なスキル」として扱いたくはないわけです。業務に必要なスキルをできるだけ標準化して、人件費を下げたいというのは、どのビジネスでも同様で、業務で毎日使うものなら、なおさらです。

B2Bの中で使われているドローンの操縦が、自動化していく流れにあることは必然なのですね。オペレーターとしての価値というのは、下がりこそすれ上がることはないといえるでしょう。

 

−−ドローンに関わるお仕事では、どんな人材のニーズが高いのでしょうか?

ハードウェア、ソフトウェアの知識があること、とりわけ自動化を進めるうえでは、ソフトウェアのエンジニアリングが分かることは重要です。あとはオペレーターやセールスにしても、現場マネジメントができる人材のニーズは、世界中で高まりつつあります。

日本でも、ドローン利活用の実証実験が行われてきましたが、去年や今年から実用フェーズへと移ろうとしています。業務運用するための様々な課題を、どのように解決していくか、ソリューション能力も求められてくるでしょう。

 

−−ドローンに関わるどんなお仕事があって、操縦以外にどんなスキルが必要か、分かりづらいように感じています。

ドローンに関わるお仕事とは、農業や測量・点検といった業種の軸と、機体つまりハードウェアや周辺機器、スクールなど周辺ビジネスという業態の軸とがあって、その中で何をする人か、ということですね。

ドローンのキャリアを描くためには、それらのお仕事のなかで、どういうスキルが必要で、何を満たしていればスキルセットがマッチしていると評価でき、またそのスキルに対する報酬がいくらで、どういう働き方になるのか、そういった情報が必要になるのだけど、それがまだ個人にまで落ちてきていないのが現状なんだよね。

Uber Eatsとか、これまでなかった新しい職業がどんどん生まれているから、これからなのだと思うけどね。一方で、大半のドローンスクールでは操縦スキルをメインに教えているから、産業活用におけるニーズとはギャップもあるでしょう。

こうした状況のなかドローンに関わるお仕事をしたいとするならば、ドローンのお仕事とは何かを自分で考えて、キャリアのあり様を自分で描いてみることが大切なのではないかなと思います。

おじさんが持っている「危機感」のひとつ

−−春原さんのいまのお仕事についてお聞かせください。

2015年末にドローン・ジャパンという会社を、かつて僕をマイクロソフトに誘ってくれた勝俣と、一緒に立ち上げました。「農業とドローン」に主軸を置いて、3つの事業をやっています。

1つは、コンサル事業。ドローンを活用した新規事業開発や、それを実用化して業務運用していくにはどういうプロセスが必要か、といったコンサルティングを行っています。

2つめが、ドローンエンジニア塾という、ドローンのソフトウェアエンジニアを育てるスクール事業。ドローン関連のお仕事で一番ニーズが大きいのは、ソフトウェアです。ソフトウェアのエンジニアリング人材が育っていかないと、産業の底上げにつながらないため、すごく重要な領域だと思って取り組んでいます。

3つめ、我々がサービスとしてやっているのが、農業のリモートセンシングになります。田畑の上でドローンを自動航行させて、生育状況や病害虫、収穫時期などのデータを取得するという、いわゆるデータビジネスです。

これまで日本で農業ドローンというと農薬散布が有名でしたが、僕らは創業当初から、農業のデジタル情報に最も重きを置いてきました。おそらく日本で一番多く、農地データを取得していると自負しています。

 

−−マイクロソフトを退職したあと、起業した理由は?

マイクロソフトなどの外資系企業では、50代など年齢が上がってくると、お給料は下がるけれど会社には在職できる、といった「緩やかな退出」があまりない世界です。

外資系出身者は、よく外資間転職をするのですが、それも限界がある。一方、会社にとどまって職位を上げていくには、また別の能力が必要。それならここで独立して、自分で商売する道を選ぼうと決めました。

あとこれも割と多くの50代前後の方、日本のおじさん世代が持っている危機感のひとつだと思うけど、もし定年直前で辞めざるを得ない状況になったら、そのあとの人生だって長いし、働かないで暮らせるほど楽な時代ではないじゃない?(笑)

2012年頃、「MAKERS 21世紀の産業革命が始まる(クリス・アンダーソン著)」という本が流行っていたのですが、僕も3Dプリンタに注目して、秋葉原でお店を始めました。マイクロソフトに転職する以前は、PCなどを販売する店舗運営の経験もありましたから。

 

−−3Dプリンタから、ドローンにシフトされた経緯をお聞かせください。

2013年頃、秋葉原のお店で3Dプリンタのサービスを手がけながら、あるとき「クリス・アンダーソンはいま何をしているのだろう?」と思って調べてみたんです。そうしたら彼は、3D Robotics というドローンの会社をアメリカでやっている。あれ? 3Dプリンタじゃないの?と思いましたよ(笑)。

それでドローンのビジネスモデルをいろいろ考え始めた。その頃から注目しているのが「ドローンは、デジタル情報を取得するデバイス」だという点です。ドローンは、 ITと非常に相性がいいと思いました。

 

−−ドローン・ジャパン創業前から、おひとりでドローン関連事業を始めたのですか。

はい。中国から仕入れた機体の販売、ドローン操縦の体験会やセミナーから始めました。「ドローン×IoT」、「ドローンは、データ産業」など、言っている方向性自体は、いまと変わらないですね。

例えば、ドローンで田畑を空撮して生育状況を確認しながら次のアクションにつなげていくなど、センシングが海外では急速に進んで来ていたけれども、当時の日本では取り組んでいる企業がないということなど。

そのうち、マイクロソフト時代の元上司や、「農業×IT」のビジネスを模索していた勝俣とも再会しました。ドローンを活用したビジネスについて意見交換するようになって、2015年、一般社団法人セキュアドローン協議会の立ち上げ、ドローン・ジャパンの設立へと発展していきました。

産業ドローンの役割は、大きくは2つ

−−ドローンはITと相性がいい、という点についてお聞かせください。

 ドローンの産業活用において、大きくは2つの役割があると考えているのですが、僕は「デジタル情報を取得するデバイス」だと捉えています。パソコンの黎明期から、ずっとIT業界にいるからかもしれないね。

デジタル情報を取得できる新たなデバイスが登場して、クラウドでもローカルでも何でもいいけど情報を処理して、デジタル情報を活用した新しいビジネスが生まれるという、いわゆるデジタルトランスフォーメーションの流れに乗るものとしてドローンを捉えています。

 

−−ドローンの2つの役割とは?

1つは、「作業代替」。物を運んだり、農薬を空から撒いたり、ドローンに人間の代替として働いてもらうというもの。もう1つは、空撮も大きな意味ではそうなのだけれど、「デジタル情報の取得」です。

 

−−それぞれのビジネス化について、どう捉えていらっしゃいますか?

ドローンビジネスの経済合理性を考えると、方向性が2つあって、1つは、ドローン活用によって売上が上がる、サービスなどの付加価値が向上するといった、価値を上げる方向。

もう1つは、効率向上や経費削減といったコスト削減の方向です。ドローン活用はどちらかというと、後者のほうが多いのですが、これら2方向のうち、どちらかに貢献していないとビジネスにはなりません。

いま、実証実験から実用化への移行にあたって最初に議論されるのが、この経済合理性なのだけど、作業代替の場合は価値換算することが難しいし、プラスが出にくいかもしれないですね。ドローンを配備するためのコストとかかるリスクを見積るとね。

 

−−作業代替については、全体的に経済合理性を出しにくい?

出にくいかなぁとは思いますが、背景によるのではないでしょうか。例えば物流。日本郵政は、日本全国どこでも一律料金で配達するというユニバーサルサービスを維持していますが、これには莫大なコストを伴っていて、配達業務をドローンが代替することで大幅にコスト削減できるなら合理性はある。でも都市部などで再配達にかかるマンパワー削減のためだけにドローンを配備するとなると、コストもリスクも高い。例えばだけど再配達を少なくするためには全部の世帯に宅配ボックスを設置したほうが、効果があると思います。

逆に、橋梁の点検などは、ドローンの有無によって、作業そのものを実行可否が左右されるうえ、緊急度も高い。そうした種類のものは、コストとリスクを押しても、ドローンを導入する価値があるからビジネスとして成り立ちやすいでしょう。ポイントは、何の課題を解決するためのドローンなのか、という目的の明確化と、ドローンビジネスをそのコストを税金まかせにするような公共事業にしないことなのです。

 

−−デジタル情報を取得するという領域については?

デジタル情報は、すごくシンプルにいうとコピーと加工が可能なコンテンツです。データを匿名化すれば、顧客のニーズに合わせて多様な価値を生み出すことができます。

農業や土木建築、防災もそうだけれど、業務にIT化が及んでいなく、記録を取ることが難しいといわれていた分野でも、いまの第3次AIブームで画像解析技術がぐんと向上したこともあって、デジタル情報を活用した業務改善やロボティクス化が加速する流れにあります。

その文脈の中で、情報取得デバイスとしてのドローンが、価値を発揮するわけですね。コンテンツを二次利用、三次利用できるため、やり方によっては価値を生み出しやすいビジネスです。

GAFAの理論じゃないけれど、データを多く保有したほうが強いので、もう少し競争が起こってもよいかなと思うのですが、日本はデータ産業があまり得意ではないイメージもあります。

フライトコントローラーが安価になったインパクト

−−産業ドローンにおけるキャリアを考えるにあたり、ほかにも前提として知っておくべきことがあったら、ぜひ教えてください。

フライトコントローラーが、非常に低価格になったインパクトは大きいです。10年前には100万円したものですが、いまは1万円以下で購入できる。自律的に動くドローンをつくりやすくなったことが今回のドローンブームの革命的なポイントであり、そこにチャンスが生まれています。

ドローンが飛ぶことも含めて、ものが自律的に動くためには、必ず4つのプロセスがあります。1つは、自己位置推定。次がマップ、周辺地図の構築ですね。それがあって初めて、経路計画を立てられる。最後に経路追従。このプロセスをぐるぐる繰り返すことで、自律的に動いているのです。

フライトコントローラーとは、この4つのプロセスを自動で実行してくれるコンピューターのひとつ。ドローンがホバリングできるのも、フライトコントローラーが自己位置を推定して、風向きなどの周辺環境情報から経路計画を常に修正して追従してくれているおかげです。

僕は、フライトコントローラーが搭載されているものは全て、ドローンだと捉えています。空を飛ぶだけではなく、陸上、水上、水中も含めて自律的に動くものはドローン。まずは、ドローンが自律的に動く仕組みについて、学んでみるのはよいと思います。

 

−−ありがとうございます。後編では、ドローンの実用化において求められる具体的なスキルや、ドローンに関わるお仕事を目指すために身につけるべきことを、理系・文系それぞれの立場からお伺いしたいと思います。

春原久徳氏プロフィール

三井物産デジタル及びマイクロソフトで PC マーケットの黎明期からPCの普及に貢献。2013年よりドローンビジネスに身を投じる。2015年、セキュアドローン協議会会長に就任。同年、勝俣と共にドローン・ジャパン(株)を設立。2017年8月、一般社団法人ドローン自動飛行開発協会(DADA)の代表理事に就任。インプレス社発行「ドローンビジネス調査報告書」を毎年執筆。産業向けドローンの活用提案、複数各業界メーカーへのドローンの各種新規事業企画およびコンサルティング、数多くのドローン新規事業を手がける。

編集後記

「これまでなかった新しい職業がどんどん生まれている。」これは、デジタルトランスフォーメーションが進むいま、様々な産業で起こっているように思います。既存の職業群から仕事を選ぶだけではなく、新たに生まれつつある仕事に対するアンテナを張り、自身のこれまでのキャリアと紐づけていく努力が必要なのだと、改めて感じました。