みなさん、こんにちは。株式会社DRONE IP LABの中畑です。
前回は、機体にまつわる特許動向の全体像を見ました。今回以降は毎回テーマを決めてドローン特許の世界を見ていきたいと思います。
さて、ドローンを含む無人航空機の技術分野は、ハードウェア、ソフトウェア、サービスというホリゾンタルな領域と、それらが適用される分野であるホリゾンタルな領域とに区切ることができるかと思います(図1)。特許の観点から言えば、バーティカル領域に存在する「課題」をホリゾンタル領域に属する技術で「解決」する、という見方もできるかと思います。
今回以降は、このバーティカルな分野毎にドローン特許を見ていきたいと思います。
農業分野におけるドローン特許のプレイヤー
農業分野における主要プレイヤーの特許出願動向をまとめてみました(図2)。なお、今回の調査範囲には、ラジコンヘリコプターを例に出願されているものも含まれており、以下、それらを含めて「ドローン特許」と呼びます(調査対象期間:1977年以降に公開された特許公報)。
圧倒的なのはヤマハ発動機株式会社(以下、「ヤマハ」)。2位のヤンマー株式会社(以下、「ヤンマー」)を大きく離しています。なお、ニューデルタ工業株式会社(以下「ニューデルタ」)は、ヤンマーのグループ会社ですが、ヤンマーとニューデルタとを合わせてもヤマハの出願件数には届いておりません。ヤマハが農業分野においてドローン技術に力を入れていることがわかります。
なお、ヤマハの全特許出願件数は21,644件でありドローン特許123件は全体の0.6%程度を占めています。一方、ヤンマーの全特許出願件数(グループ全体)は20,074件でありドローン特許29件は全体のわずか0.1%程度となっております。いずれの会社も農機やその動力手段が主力事業となっているものの、農業ドローンをリードするプレイヤーとしては意外に少ない件数という印象を受けました。
さて、特許査定率をみていきましょう。ヤマハは123件中74件が特許になっており特許査定率は約60%です。対するヤンマーは29件中12件が特許になっており特許査定率は約41%。「特許査定率」=「技術力」とは一概には言えないものの、ヤマハは権利化に耐えうる特許出願を多くしていることが窺えます。
ヤマハとヤンマーグループ(ヤンマー+ニューデルタ)の特許出願推移
ヤマハとヤンマーグループ(以下「ヤンマーGr」)との出願推移(図3)を比較すると、ヤマハは1984年にこの分野に1件の特許出願を行っていました(実は、この以前にも2件の実用新案登録出願を行っていますが今回は「特許」のみを抽出しました)。スタートはヤマハの方が早かったといえます。
ちなみに、1984年に出願されている技術は、折りたたみ可能にしたグライダーの翼の構造に関するものです(特開昭61-37599)。
図3の出願推移をみると、ヤマハは1988年と2005年にピークがあり、ヤンマーGrは1996年と2004年にピークがあることがわかります。
ヤマハのピークがわかりやすいので、ピーク付近でどのような技術の出願があったのか調査してみました。すると、第1のピークである1988年前後には、ヘリコプタによる薬剤散布の基本的な構成を多く出願しています。一方台2のピークである2005年前後には、アンテナ配置構造(特開2006-264526)、重量物配置方法(特開2006-264526)、カメラの視点表示システム(特開2006-281830)、画像送信装置(特開2006-282039)、データ管理方法(特開2008-068709)等、周辺技術を固めていることがわかりました。
つまり、ヤマハは遅くとも1990年までには農薬散布・肥料散布といった分野における基本技術の出願を完了し、2000年以降には基本技術の外延にある技術の出願に着手して特許ポートフォリオを拡大していったと推定することができます。
更に、ヤマハのWEBサイトの年表(https://global.yamaha-motor.com/jp/profile/history/timeline/)によれば、1987年に産業用ヘリコプタの第1号機「R-50」20機を限定発売しています。1984年からの特許出願はこのR-50を保護するための特許出願であったのかもしれません。また、同じ年表によれば、2000年以降、タイ、シンガポールとアジアに拠点を拡大していっており事業規模の拡大を図っていることがわかります。2005年の特許出願の拡充も海外展開を視野に入れていたと考えることもできます。
ヤマハの出願技術ポートフォリオ
ヤマハについて、もう少し見ていきましょう。特許庁が付与する「Fターム」という分類を使って、ヤマハの出願技術の内訳を分類してみました(図4)。一番左端「玩具」というのは「ラジコンヘリ」を用いているため付与されてしまっているものと推定されます(現状、「産業用の航空機」という分類が存在していないためです)。このカテゴリには機体の基本的な構成が含まれています。そして、「姿勢の制御」、「捕獲、駆除」、「アンテナ細部」、「特殊噴霧装置」と続きます。農薬散布だけでなく、散布によってペイロードが変化する機体のコントロール技術等、制御系の技術も多く出願していることがわかります。
ヤマハの特許
ヤマハの特許をいくつか見ていきましょう。
・遠隔操縦式ヘリコプタ(特許2694901号:出願日1988年7月8日)
地上においたウインチのような装置から機体後部にワイヤを張り、(エルロン操作等により)ウインチを中心として円を描くように移動しながら薬剤を散布するヘリコプタです。右図のように薬剤散布用のノズル(14)をワイヤと同一直線方向にすることで効率的に薬剤を散布することとしています。
なお、こちらの特許は、2008年に存続期間が満了しています。当時はこのようなものでも特許になったということですね。
・無人ヘリコプタ(特許4690239号:出願日2006年4月27日)
ロール角が一定値以上になったときに機首を風上方向と一致させる制御を行う、というだけの構成で特許が成立しています。
出願書類には次のような記載があります。「例えば追い風wを受けながらの飛行中に旋回する場合など、急激に立ち上がる横風を受けて機体のロール角が所定の値より大きくなったときに、目標方位角を瞬間的に大きく変えるものである。すなわち、図1中の符号bで示すように、機首2の方向を瞬間的に風上方向に大きく変化させる。これにより、風を受ける機体3の投影面積が減って風を逃がすことになるので、機体3のロール角を小さくすることが可能となり、結果として、無人ヘリコプタ1の姿勢を安定させることができる。」
最近のドローンにおいては、機種の向きを変えることなく機体のバランスをとることができるため、この特許を使用しなくても問題ないケースの方が多そうですが、ラジコンヘリコプタのように前後方向に長尺の機体では有効な技術と言えそうです。
・無人ヘリコプタの管理システム(特許第4313066号:出願日2003年3月27日)
予め飛行条件(所有者情報、飛行可能地域情報等)を機体に設けられたメモリに保存しておき、飛行中にGPSセンサから取得した飛行条件(飛行可能地域か否か等)が飛行条件と一致しない場合には飛行を制限する、というものです。
ジオフェンス技術やDID地域での飛行制限等の技術も特許のカバー範囲に入り得る広範な権利として成立しています。
まとめ
今回は、農業分野のドローン特許について、特にヤマハの例を紹介しながら見ていきました。個人的には、ヤマハもヤンマーGrもtoC事業の割合が多いことから、(防衛的にも)ソフトウェア特許がもう少しあってもよいかと思いました。この点、今回は紹介しきれませんでしたが、ナイルワークスは、圃場形状把握モードと薬剤散布モードという2つのモードを利用して正確な地図情報がなくても、狭く入り組んだ地形の農地において正確な薬剤散布を行なうソフトウェア技術(特開2017-144811)や、複数のドローンを薬剤Pipe給電ケーブルで連結して数珠つなぎにして飛行制御する方法(国際公開2017/094842)の出願をし始めていますし、「農薬散布クラウドサービス(https://www.nileworks.co.jp/product/)」等のサービスも展開を始めました。
農業にドローンを利用する場合、薬剤散布に適切な機体技術に関しては既に多くの出願が存在しています。しかしながら、自動で、安全に、確実に作業を行うためのソフトウェア技術(画像解析、群制御、地上農機との連携等々)はまだまだ少ないといえます。
世界一美味しいお米を作ることのできる日本から、ハード、ソフト、サービスの全ての分野において、世界一の農業ドローン技術が誕生することに期待したいですね。